アラサー、うつ病になる。
少し前の話だが、アラサーのわたしはうつ病になった。
予兆はあったかもしれないが、自分が抑うつ状態であるとの自覚は全くなかった。
ある朝、職場の入り口を通ると動悸と息苦しさがあった。
ここのところ毎日だな、と思ったが特に疑問視はしていなかった。
それはそれでおかしいのだと今はわかる。
しかし当時はすぐに申し送りや当日のスケジュール把握、やらなければならない仕事がたくさんあった。
息苦しさを感じる暇もなく、上司から呼ばれ仕事を押し付けられる。
長年勤めており役職にもついていたので雑務が異常に多かった。
定時で上がれる日はほぼなく、残業が当たり前だった。
休みの日でも会社から連絡が来たり、会議のために呼び出されることも多かった。
有給はまったく消化できず消えていった。
そんな毎日を繰り返すと精神がボロボロになる。
もはやなんのために生きているのか、わたしは仕事をするために生きているのか、よくわからなくなった。
極めつけはある部下からの罵倒だった。
この職場の労働環境が悪いのはわたしたち役職者が改善しないのが悪い、と言うことを毎日会うたびに言われた。
確かにそうかもしれない。わたしたちが改善しなければいけないことはたくさんある。
圧倒的に多い雑務は業務に支障をきたし、誰もやりたくなくなる始末。
それを頭ではわかっていたが、どうしようもなくここまできてしまった。
どうもできない状況に毎日頭を抱えていた。
「死にたい」
そう考えるとそれしか出てこなくなった。
自殺する勇気はなく、ただ目に入った風邪薬を多量服用した。
ODというやつである。
結局死ねず、目が覚めたときには尋常ではないほどの気持ち悪さと吐き気、顔の浮腫み、まるで別人のような顔になっていた。
自分のスマホには会社から大量の着信が入っていた。
「まずい…」と思ったが仕事に行ける体調ではなかった。
とりあえず会社に連絡をし、休みになった。
有給休暇になった。
こんなこともないと有給を消化できないとは皮肉なものである。
気持ち悪さに倒れていたわたしに同僚から連絡があった。
何を話したかは覚えていないが、体調を心配したわたしに、精神科の受診をすすめてくれた。
同僚の言われるまま精神科を受診する。
その後「入院しましょう」と突然言われた。
何が起きているかはわからないが、入院になった。
この話はまた後日。
ジャニヲタの文章力。
わたしがまだ学校に通っていたころ、この勉強は将来何の役にたつのか?それをよく考えていた。
実際社会に出て役にたったことはほんの一握りで、本能寺の変だとか円の面積だとかそういったことは忘れた。
仕事柄必要なかった。
ジャニヲタをしていて思うのが、みんな文章力が異常に高く面白い。
Twitterなんて最たる例だ。
あの140字以内で起承転結がしっかりできている。
たしか、あの物語の書き出しにあったな…というみんなが通ってきたであろう文言を並べてわかりやすく呟くのだ。
何度吹き出し、いいね♡を押しただろう。
このはてなブログもそうだ。
ジャニヲタの綴る日記は面白い。ジャニヲタだけではないのかもしれない。
きっとみんなしっかり勉強をしてきた人なんだろう。
文章は見やすく、わかりやすく簡潔にまとめられている。
馬鹿では文章はかけない。
そもそも頭の中に想像する素材がないからだ。
わたしはいま、再び学びたいと思っている。
勉強の意義とは、ツイッターでの表現が豊かになることだと思っているからだ。
将来すべてに役立つことなんてないかもしれない。
でも自分が発する言葉が、誰かの、少しでも心を動かせたならそれは勉強してきた意味があるのだと考える。
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同担拒否の理由。
ジャニーズ界隈では頻繁に聞く「同担拒否」。
耳なじみはあるが自分とは一切無縁のものだった。
好きなアイドルの良さをみんなで分かち合った方が楽しいじゃん。
好きな人のここがいい、とかわかってもらえたら嬉しいじゃん。
この思考でここまで生きてきたが、それは突然降りかかる。
現在川島如恵留さんのヲタクとして生活しているわけだが、川島さんのヲタクと仲良くなれない…恐れていた「同担拒否」というやつらしい。
こんなに魅力のある人だし、たくさんの人に知ってもらいたい。
彼を好きになってもらいたい。その気持ちは変わらない。
ただ、現場に行けば行くほど「TravisJapanさんのヲタクはみんなきれいだな…」と身に染みた。
みんな担当のためにとおめかしをし、キラキラと輝いている。
それは川島担として生きているヲタクも例外ではなく。
アラサーのわたしが、川島さんのヲタクの価値を下げているのではないかと自信喪失。
毎日晩酌をしていた結果の脂肪と流行に乗り遅れた地味な服。
現場では精一杯のおしゃれをするが痛いだけだった。
ああ…もうヲタクやめてぇな。
アラサーは黙って担当のグッズを買い、納税するしかない。
財力だけはあるので自担が美味しいごはんを食べられればそれでいい、そう思ってお金を落とすだけだ。
同担拒否とは自分の自信のなさからでる気持ち的な問題だと今では理解する。
目の前にとても綺麗な同担が現れたら恐れおののくだろう。
自分のメンタルがやられないための「同担拒否」。
それはジャニーズを応援している限り一生ついてまわるものだと思った。
ジュニア担として生きていた頃。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
今日も如恵留担です。
昔々、ジュニア担とデビュー組を掛け持ちしていた時、ジュニア担の活動記録の備忘録をここに記す。
今でも印象に残っていることがある。
友人に誘われ、某番組収録の番協に参加した。
高校生の頃だ。
ジュニア情報局で、わたしの名義は関西ジュニアの名義だったが友人と関東ジュニアの番協に当たった。
付き添い程度。
その年には何度もいろいろな番組の番協に当たり、お目当てではないが友人の付き添いとして参加した。
なんだか異様な光景に見えていたが、何度も参加すると慣れるものである。
本人確認を済ませると収録当日の流れ、振り付けを教えてくれる。
ヲタクはかなりの数がいた。
現場を仕切っている女の人(つー〇さん)がマイクを持ってヲタクに指示を出していた。
純粋にこの人は何者なんだろうかと思った。
歌番組を見ていてヲタクの黄色い声援が不快になることがしばしばある。
本人の声が聞こえなくなるほどにヲタクがうるさい。
正直黙っててくれ、と思った。
しかし、番協の練習に行くと、振り付け指導後、実際に流れを教えてくれる。
そのときに「ここでもっと盛り上げて!声が聞こえないくらいキャーキャー言わないと彼ら帰っちゃうよ!!」と言うのである。
驚いた。そんなことも指示してくるのかと。
当日。現場に行き、振り分けられた番号順にスタジオに入る。
友人と「なんかお立ち台があるね」と目の前のお立ち台を見て沸いた。
ヲタクが入り終わってからだいぶ経って本人が入ってきた。
テレビで見るよりも小さく見えて「意外とその辺にいそうだな…」と思った(失礼)。
歌収録はヲタクの力はすごいと思うほど盛り上がった。
本人たちは黄色い声援を受けてまんざらでもなさそうなのが印象的だった。
わたしは付き添いだったので指示された通りに振り付け、黄色い声援を送った。
すると間奏でお立ち台の上に、友人の担当が来たのだ。
友人は泣いて喜んでいたが、指示通り振り付けに従事していた。
素晴らしいな。
改めて目の前で見て、普通の男の子なんだ、と思った。
わたしの弟とたいして変わらない(ごめんなさい)、ジャニーズという肩書で仕事と学業を両立しているただの男の子だった。
それが印象深くて、忘れられないでいる。
今はコロナ禍で番協もなくなっているが、ヲタクはただで彼らを盛り上げる力を持っている。
そしてヲタクもただで彼らを見られる。
番協というのはWin-Winの関係なのだ。
早く元の日常に戻ってほしいと願う。
そして、番協は年齢制限がある(大々的には言わないが)ので行けるときに行っておいた方がいいということである。
結局ジュニア担はジュニア担に戻る②
わたしがTravisJapanを知ったのは友人からの勧めだった。
友人もジャニヲタだった。
友人は「最近TravisJapanにはまってるんだよね」と言ってプレゼンをしてくれた。
ぶっちゃけ知らなかった。
グループ名もオリジナル曲も知らなかった。
でもその中で知っている子が一人いたのだ。
あの、川島如恵留なの!?と驚いた。
わたしの知っている彼ではなかった…。
京本大我、森本慎太郎、アンダーソンケイシー、森田美勇人、川島如恵留。
少年倶楽部ではこのラインで「A Ha Ha」というオリジナル曲を歌っていた。
好きだったな。めちゃくちゃ聞いた。というかこれしか曲がなかったから。
少年が青年になると全く変わるものだ。
成長に驚きを隠せなかった。
そして「DanaeWithMe~Lessn1~」を見てハマった。
元々Dヲタを兼任していたわたしには沼だった。
めちゃくちゃディズニーさんやん…。
きっかけはそこだったが、ジュニアでチャンネルを持っていると聞いて驚いた。
なんと、ジャニーズがYoutubeを。時間があると彼らの動画を見た。
沼の始まりである。
男子大学生のような空気間、そして何よりみんな仲が良い!
そんな中でも川島如恵留くんは全力でアイドルとして頑張っている。
でもひとりの男の子なんだ、と思う瞬間が垣間見える。
それが彼を応援したくなる理由だ。
いつも一生懸命なんだ。
それがうまく伝わらなくてもがいている姿もある。
誰も取り残さない、という彼の発言が。
いつまでも健やかでいて、という彼の発言が。
今の自分の原動力である。
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結局ジュニア担はジュニア担に戻る①
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
ジャニーズジュニア、TravisJapan、川島如恵留くんを応援しているアラサーです。
「ジュニア担はジュニア担に戻る」という世の常ともいえる現象。
これは誰にも抗えない、そしてわたしの基盤となった頃のお話。
小学生の頃、第一次ジャニーズブームが到来した。
クラス内の女子は「わたしは光が好き」「わたしはカメちゃん」という会話がそこら中で聞こえていた。
わたしもその波に流され、ジャニーズの知識が植え付けられた。
これを見るのが日課だった。
同年代のジュニアを推す子が多く、わたしも例によってはジュニア担だった。
その頃のジュニア最前線を張っていたのは「Ya-Ya-Yah」「KAT-TUN」辺りだ。
関東勢の勢いに押されたが、何故か関ジャニ∞の丸山さんに落ちたのだ。
小学生ながらに「かっこいい」と思った。ベースを弾く彼を。
そこからひたすら関ジャニ∞を追った。
と言ってもテレビで。
たまたま「ほんじゃに」のネット局だったのでそこで関ジャニ∞を見ていた。
たかが30分だが、ありがたい。関東にいるのに見られるのだ。
ある日ワイドショーで「NEWSデビュー」というニュースを見た。
ややこしいが、その日は友達とその話で持ち切りだった。
「今朝のニュースでNEWSがデビューするって!」なんだこれ。
みんな騒いでいた。
山下智久、錦戸亮、内博貴、草野博貴、小山慶一郎、加藤成亮、増田貴久、森内貴寛、手越祐也の9名。
わたしはショックだった。
「終わった・・・」という感情以外出てこなかった。
ジャニーさんといえば誰もが知っていると思うが、あのじじいの頭の中はわからない。
わかりたくもないとさえ思った。
当時は既存のグループから引き抜かれたら、そのグループは自然消滅するというのが慣例みたいなものだった。
関ジャニ∞からは錦戸亮と内博貴が引き抜かれた、と思っていた。
が、結局関ジャニ∞は存続し、掛け持ちという形で残された。
でも錦戸、内のいない収録が日に日に増える。
当たり前だ。彼らは忙しいのだ。
バレーボールのサポーター、CDシングルの発売、雑誌の撮影。
小学生ながらに不満は募る。しかし月日は流れる。
わたしも流されるように関ジャニ∞の動向を見ることしか出来なかった。
しかし奇跡というのか、2004年に関ジャニ∞8人でデビューすると発表があった。
「浪速いろは節」、テイチクレコードから演歌でのデビュー。
演歌でもなんでもいい。デビューできた!!
多分、みんなそう思っていたと思う。これで安泰!
ここがジュニア担のターニングポイントである。
そうであるはずなのに、そうではなかった。
彼らはデビュー後もなかなか日の目は見なかった。
デビューはしたが仕事量はたいして変わらない。
コンサートの案内や番協もジュニア情報局からの発信だった。
当時のジュニア情報局ははがきをファミリークラブに24枚送ると、情報がはがきに印字されて送られてくるというもの。
会員証もはがきだった。
中学生になるとようやくコンサートに行った。
彼らが東京に来てくれる機会があったからだ。
ありがたやありがたや。
彼らも東京の仕事があると張り切った。
ヲタクも張り切った。なんとか関ジャニ∞のテレビ出演を増やしたいと。
やっていることはジュニア担の頃と変わらなかったが、テレビ番組に出演リクエストのメールやはがきを送ることは増えた。
グループ内ではいろいろあった。
本当にいろいろあった。
わたしは今でも関ジャニ∞のFCに入っている。
紆余曲折あったが、自担がやめなかったから。
それだけの理由。
これだけの基盤があったので今の自分ができていると思っている。
続きます。
ちなみに、幼き日の渡辺翔太くんや佐久間大介くん、阿部亮平くん、岩本照くん、深澤辰哉くん、宮館涼太くんが映っているエイトのDVDもあります。
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